シンガポールが成長した理由

現在ではアジアいちの国際金融市場となったシンガポールだが、昔は貧しい地方都市だった。

シンガポールがこの50年でここまで劇的に変わったのは、建国以来の国家プロジェクトによるもの。

シンガポールが独立したのは1965年。

東京23区ほどの小さな国には資源も大きな産業もなかったので、国として自立するためには国際競争力を身につけ、計画的な街づくりが必要だった。

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このシンガポールを繁栄に導いたのが、初代首相リー・クアンユー。

リー・クアンユーは「我々は産業化を推し進めなければ崩壊するしかない。今ではなく、10年後の未来が重要なのです。より良い道路、より良い列車、より良い学校、そして子供たちのためにより良い仕事。」と民衆に演説した。

リー・クアンユーは外国の資本を積極的に導入し、インフラを整備。

さらに、国民すべてに住まいが行き渡るよう、大量の団地を建設。

その結果、現在、シンガポール国民の85%が団地で暮らしている。

1978年には屋台を地区ごとにホーカーセンター(屋台街)に集め、共働きが多い国民が外食をとりやすくした。

これは衛生面も向上させ、屋台がなくなることで再開発もやりやすくなった。

教育にも力を入れ、世界中から人々が集まるように観光資源も整備。

どこにも負けない世界で一番の街を作る。シンガポール人はそこに力を注ぎ、今の繁栄を築いた。

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